2014年09月30日

大学進学に価値はあるのか?

当方30代後半になりましたが、自分の人生を振り返ってみても大学教育を受けた意義を未だに見いだせません。

就職の利点

大学を出ることの意義として、まずは就職ということがありますが、当時は就職氷河期まっただなかの状況にあり、求人件数は数えるくらいしかありませんでした。それでも自分の周りではほぼ全員、何等かの形で就職が決まりましたが、自分も含めて不本意な就職をした人が多いです。

自分の場合、あまり印象がよくなかった商品先物の会社に勤めたのですが、その後、5年程度で倒産、そして派遣社員を転々として働く結果になりました。いわゆるワーキングプア状態でしたが、寮費や食費を引かれると手取り5万程度しかなく、また生産調整などが入ると休業状態になってしまうため、なかなか稼ぐことができなかったのです。

そのような状況のなか、消費者金融からの借り入れも膨らみ、お恥ずかしながら債務整理をする結果になっております。

けれども、その後は一念奮起して自分で事業を開始し、高額所得者まで復帰しております。けれども、今の仕事には大学教育の知識などはまったく必要ありません。法人の決算書を作成する際に簿記の知識が多少とも役立っているぐらいで、ほとんど意味はありませんでした。

これなら、高校を卒業した時点で直接事業を開始した方がよかったのではないかと感じております。

経済的な利点

私は奨学金を受けて大学にいっておりましたが、総額で400万円程度の学費がかかっており、30代半ばまで返済が続いたため、有意義なヤングライフをエンジョイすることができませんでした。大好きな彼女とのデート代なども割り勘してもらったこともあり、心苦しい思いをしたことを覚えています。

また、奨学金は連帯保証人が必要なため、債務整理をしたとしても結局は完済せざるを得ないものです。道義上も学生を支えるという意味合いがありますので、踏み倒すことはできかね、結局はすべて返済しております。

それほどの費用と時間、そして労力をかけて習得した知識が実際の仕事で何の役にも立たないことを考えると、高卒でそのまま自分で事業を立ち上げてしまった方がよかったと感じています。

けれども、最近はアベノミクスによる円安の影響を受け、企業業績が回復しているようです。また、少子高齢化社会へと突入することによる労働力不足にもなるはずですので、今後は企業求人も増えていくことかと思います。就職氷河期とは違い、よい会社に就職するには大学を出ていることが要求される可能性が高いですので、大学教育を受ける意味があるかもしれません。

いずれにしましても、どの世代に生まれたのかという運みたいなものがありますので、単純には言いきれませんが、少子高齢化社会は確実にやってきますので、これからの世代は大学に進学しておいた方がよいかもしれません。

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2014年09月26日

学生と大学経営、天下り役人をつなぐ奨学金

昨今、経済的な理由で大学を中退される学生さんが2割を超えてきているようです。アベノミクスで景気が良くなったと言われていますが、格差社会が広がりつつあるのかもしれません。

ただ、大学の学費などせいぜい500万円ぐらいなものではないでしょうか。

医学部などは別でしょうけれども、大学の年間の授業料なんて私大でもせいぜい80万円ぐらいですし、4年通っても300万かそこらです。入学金などを入れても、400万円ぐらいで済むかもしれません。また、国公立ならもっと安く済むはずです。

ひょっとすると、今はもっと高くなっているのかもしれませんが、4年で500万もあれば、卒業できるものと思います。

たった500万や600万のお金がないばかりに、大学で知識や教養を得る機会を逃すというのは非常にもったいないことだと感じます。

今後、少子高齢化社会に移行するわけですから、若い世代の方には少数精鋭で能力を高めていってもらわなくては日本は持ちません。

ただ、たった500万円といえども、今後、学生さんの親はいわゆる氷河期世代の人ばかりの世代に入ってくるものと思います。非正規雇用やワーキングプアなどでいわゆる失われた世代といわれている層になります。

となると、ますます経済的な理由による中退率の増加に拍車がかかってしまうのが予想されます。

この格差を解消しようと、奨学金の貸与を増加させる方向へいくようですが、昔の奨学金と比べ、現在は学生ローンとほぼ同じですので利息のかかるのが特徴です。

いわば、500万円で3%程度のカーローンを卒業と同時に返済していくという感じになります。

国産車4〜5台分のカーローンを払いながら社会に出るのと同じような感じになるわけです。車の場合、返済がきつくなったら売ればいいだけですが、学歴をお金にかえることはできません。結果として経済的にも困窮するでしょうし、格差社会の負の連鎖が生じてくるものと思われます。

少し考えれば、おかしな制度だというのがまともな感覚だろうと思います。

消費者金融業界では多重債務者を予防するため、グレーゾーン金利の廃止や貸金業法の改正がなされましたが、その一方で、卒業と同時に下手をすれば1000万円以上の借金を抱えてしまうような、そういう現状になってしまっているわけです。

「なぜ、こんなことになっているのか?」といえば、そうやって学生をローンづけにしないと、中退する学生が多くなってしまい、結果としてつぶれてしまう大学が多発してしまうからだろうとおもわれます。

大学経営はひとつのビジネスでもありますので、売上高にあたる授業料を確保しなくてはいけませんが、少子化の影響で定員割れが多発している状況において、年々、売上が減少しているのだろうと思います。

そんな状況のなか、学生を確保するためには、奨学金の制度が必須の要素となっているのでしょうけれども、これは大学への補助金という側面もあるものと思われます。役人にとってみても、大学がつぶれちゃったら理事などで天下りできなくなってしまうので死活問題です。

大学経営にとってみても、奨学金制度がなくなって入学者が減ってしまったら、これまた死活問題です。このような思惑が絡まり合い、学生が奨学金という名の借金づけになってしまっているものと思われます。

ではどうすればいいのかというと、みんな大学に行かなければいいんじゃないかなと思います。
大学にいっても、地方の私大程度なら特に就職先があるわけでもなし、その分、手に職を付ける形で4年間はやく社会に出た方がよっぽどコスパがいいです。
posted by 学ロン at 00:16| 学生ローン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

米国、韓国の学生ローン事情も日本と同じだ

アメリカでもそうですが、韓国の学生もローンの返済を延滞する人が増えてきているようです。
韓国では政府による学資融資金が学生に貸付されていますが、大学を卒業したものの、就職できずに、延滞者となるケースが急増しています。

15年の延滞者は2万人にのぼり、約12億円の学資融資金が滞納となっているようです。
13年は千人だったものの、14年は1万人になり、今年は2万人といった形で延滞者が急増してきています。

この学資融資金は、日本の奨学金にあたるものですが、全額が政府による支援となっています。

韓国は日本以上に学歴社会となっていますが、大学を卒業したものの、就職できず、ローンの返済がとどこってしまう人が多いのは、日本と同じ状況のもようです。

また、米国の学生も多額のローン債務を抱えており、その総額は100兆円といわれています。
この金額は住宅ローンの次に匹敵する金額で、学費の高騰により、債務残高が増加している背景があるようです。

大学を卒業しても、不完全な雇用の形が多い傾向にあり、日本の非正規雇用と実態は似ているものと思われます。結果として、学生ローンの延滞率は年々、上昇を続けているもようです。

米国や日本、韓国も学生を取り巻く金融の負担の重さには似たような状況にあるようです。
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2014年09月04日

奨学金の社会問題化を報じるニュースの違和感

最近の奨学金問題を報じるニュースを見ていると、なぜか学生擁護一辺倒の意見が多いように感じています。確かに、昨今の奨学金は高額化している傾向があり、500万、600万円の借入はざらで、大学院まで進むと1,000万円を超えるケースもあり、社会問題化しているのは事実です。

けれども、そもそも本人の意思で借りたお金ですし、返さなくてもよいという風潮になってしまうのは違うと僕は思うのです。現在でも返還し続けている就職氷河期世代もいるなか、ここで給付型奨学金を導入すると世代間での不平等を生じさせることになります。

なぜ、ここまで議論が大きくなってきたのか?

これには何か巨大な陰謀が隠されていると考えざるを得ません。

これは主観になりますが、このまま奨学金の延滞者が多くなってくると、原資が枯渇してしまい、新たな給付が出来なくなってしまうのだろうと思われます。そうなると困るのは、学生はもちろんのこと、それ以上に大学ビジネスや天下り役員への影響が大きくなってくるのだろうと思われます。

給付の原資がなくなり、学生が奨学金を借りることができなくなると、大学へ進学する学生数が減少し、最終的には廃校に至る事例が多くなってくるものと思われます。そうなってくると、大学再編の動きが加速することになりますが、これを避けるには何としても学生が十分に奨学金を借りられる状態にしなくてはいけません。

そのためには、これまでのような市場で資金を調達する方法では困難なので、税金の投入が必要不可欠ということなのではないでしょうか?

給付型奨学金など税金を投入させる動きが活発化してきておりますが、その布石として、昨今メディアが中心となって奨学金の社会問題化が報じられているのだろうと思われます。けれども、まず改革すべきは奨学金問題ではなく、大学授業料の高額化の問題であり、大学再編の問題が急務であると僕は考えております。

posted by 学ロン at 00:00| 就職 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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