2014年09月04日

奨学金の社会問題化を報じるニュースの違和感

最近の奨学金問題を報じるニュースを見ていると、なぜか学生擁護一辺倒の意見が多いように感じています。確かに、昨今の奨学金は高額化している傾向があり、500万、600万円の借入はざらで、大学院まで進むと1,000万円を超えるケースもあり、社会問題化しているのは事実です。

けれども、そもそも本人の意思で借りたお金ですし、返さなくてもよいという風潮になってしまうのは違うと僕は思うのです。現在でも返還し続けている就職氷河期世代もいるなか、ここで給付型奨学金を導入すると世代間での不平等を生じさせることになります。

なぜ、ここまで議論が大きくなってきたのか?

これには何か巨大な陰謀が隠されていると考えざるを得ません。

これは主観になりますが、このまま奨学金の延滞者が多くなってくると、原資が枯渇してしまい、新たな給付が出来なくなってしまうのだろうと思われます。そうなると困るのは、学生はもちろんのこと、それ以上に大学ビジネスや天下り役員への影響が大きくなってくるのだろうと思われます。

給付の原資がなくなり、学生が奨学金を借りることができなくなると、大学へ進学する学生数が減少し、最終的には廃校に至る事例が多くなってくるものと思われます。そうなってくると、大学再編の動きが加速することになりますが、これを避けるには何としても学生が十分に奨学金を借りられる状態にしなくてはいけません。

そのためには、これまでのような市場で資金を調達する方法では困難なので、税金の投入が必要不可欠ということなのではないでしょうか?

給付型奨学金など税金を投入させる動きが活発化してきておりますが、その布石として、昨今メディアが中心となって奨学金の社会問題化が報じられているのだろうと思われます。けれども、まず改革すべきは奨学金問題ではなく、大学授業料の高額化の問題であり、大学再編の問題が急務であると僕は考えております。

posted by 学ロン at 00:00| 就職 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする